この世の原理に抗い続け、理想を追い求めた男、織田信長。彼は何故、部下に裏切られ続け、本能寺の変にて散ったのか。幼き頃に辿り着いた”働きアリの法則”=この世の原理により、本能寺の変の真相が明らかとなる。
こんにちは!
歴史小説大好きのなごむです!
本記事では、垣根涼介著「信長の原理」を紹介させていただきます!
“働きアリの法則”という統計モデルの一種を用いて、本能寺の変の真相を明らかとする新感覚な一作となっております!!
「信長の原理」ってどんな本?
何故裏切り続けられるのか、を”働きアリの法則”を軸に紐解いた一作
本作品は、織田信長を主人公とし、幼少期から本能寺の変に至るまでを描いた作品となっています。
作品を通じて描かれるキーワードとしては、“働きアリの法則”という統計モデルの一種が挙げられます。
働きアリの法則(はたらきアリのほうそく)とは、働きアリに関する法則である。パレートの法則(80:20の法則)の亜種で2-6-2の法則ともいう。
・働きアリのうち、よく働く2割のアリが8割の食料を集めてくる。
・働きアリのうち、本当に働いているのは全体の8割で、残りの2割のアリはサボっている。
・よく働いているアリと、普通に働いている(時々サボっている)アリと、ずっとサボっているアリの割合は、2:6:2になる。
・よく働いているアリ2割を間引くと、残りの8割の中の2割がよく働くアリになり、全体としてはまた2:6:2の分担になる。
・よく働いているアリだけを集めても、一部がサボりはじめ、やはり2:6:2に分かれる。
・サボっているアリだけを集めると、一部が働きだし、やはり2:6:2に分かれる。
・働きアリのうち、よく働く2割のアリが8割の食料を集めてくる。
(wikipediaより)
弟勝信や織田家の重鎮である柴田勝家、そして織田家が発展したのちも、妹を嫁がせた浅井長政や、部下の松永久秀、荒木村重、そして最後は明智光秀など、若年期より周囲の人間に裏切られ続けてきた織田信長。
織田家の成長、そして裏切りというテーマをこの”働きアリの法則”を用いて描く、興味深い一作となっています!
あらすじ
吉法師は母の愛情に恵まれず、いつも独り外で遊んでいた。長じて信長となった彼は、破竹の勢いで織田家の勢力を広げてゆく。だが、信長には幼少期から不思議に思い、苛立っていることがあった―どんなに兵団を鍛え上げても、能力を落とす者が必ず出てくる。そんな中、蟻の行列を見かけた信長は、ある試みを行う。結果、恐れていたことが実証された。神仏などいるはずもないが、確かに“この世を支配する何事かの原理”は存在する。やがて案の定、家臣で働きが鈍る者、織田家を裏切る者までが続出し始める。天下統一を目前にして、信長は改めて気づいた。いま最も良い働きを見せる羽柴秀吉、明智光秀、丹羽長秀、柴田勝家、滝川一益。あの法則によれば、最後にはこの五人からも一人、おれを裏切る者が出るはずだ―。
本の基本情報
■題名
信長の原理
■著者
垣根涼介
■出版社
角川文庫
■発売日
2018/3/31
■ページ数
592ページ
「信長の定理」の見所
独自の解釈と史実を織り交ぜた物語
織田家を成長させていく過程、本能寺の変で裏切られた背景など、本作品の随所に散りばめられていて、物語のキーワードになる”働きアリの法則”ですが、このような観点が歴史小説に織り交ぜられていることが、非常に面白かったです。
幼い頃、アリの動きを観察していた信長は、餌を巣に運ぶアリのうち、真剣に働いているアリは全体の二割ほどであるという事実に気づきます。
その事実を元に、今度は人と人が戦う合戦を観察するとアリと同じであることに気づきます。
二割は自ら進んで槍を振るうもの、六割は二割に引きづられて戦うもの、残りの二割はサボるもの。
信長は、人もアリと変わらないということに気づき、兵全員を自ら進んで戦うものに育てることで、戦乱の世を勝ち抜こうと考えます。
例えば、敵が1000人だとしても、本気で戦うものはその内200人のみ。
仮に自軍が300人しかいなくても、その300人全員が自ら戦うものであれば、総数で負けていても、200人対300人で勝てる。
残りの800人は、負けに引きずられて戦意を失うという仮説を立てて、戦力強化に勤しみます。
これは当作品で描かれる”働きアリの法則”の一部に過ぎませんが、近代的なモノや、革新的な戦術などを取り入れた合理的な信長であれば、こんな見方をしていてもおかしくないんじゃないかなと、違和感なく織り交ぜられているところが素晴らしいです!
働きアリに属すものたちの心情
信長が女王アリであれば、そのために仕事をする働きアリである明智光秀、豊臣秀吉、丹羽長秀、松永久秀、など主人公以外の心情をしっかりと描いているところも見所の一つです。
例えば、豊臣秀吉は、何故優秀な人材を揃えてもその中から二割の人間しかまともに働かないのか、という原理を信長が解き明かそうとするにあたり、以下のように考えています。
“俺たちは、神でも仏でもない。いくら考えても分からないことは、厳然としてある。人間が実際にこの浮き世を渡っていくとは、その現実を踏まえつつ生きていくいことなのだ。”
原理を解き明かそうと、抗おうとした信長と対照的な考えが表されています。
また、秀吉や光秀など、各地で武功を上げ、さらなる活躍に励む”二割の働きアリ”とは違い、”六割の働きアリ”に属す、丹羽長秀の姿もしっかりと描かれているのもよかったです。
“俺は、この織田家で後生大事に生きていきたいという気持ちが強過ぎて、どうしても言動が萎縮しがちだ。言動が萎縮しがちな人間は、その思考までもつい自ら制限を設けて、新しい視点からの発想をすることが難しくなる。それらの諸々の要素が、長秀をいつの間にか、自分の頭で自主的にモノを考えることができない人間にしてしまっている。だから、周囲に抜きん出た木組みが育たない。気組みという素地がなければ当然、他を圧する才能も育たない。”
心が痛くなるメッセージだと思いました。。笑
こういう言動だと一生六割に属したままだなと再認識しました!笑
個人的なことは置いておいて、、信長だけではなく、各々の”アリ”たちの心情が描かれている、何故戦うのか、何故裏切るのか、など、そのような構成が物語に深みを与えてくれて、より一層面白い作品となっています!
まとめ
織田信長を扱う作品は他にも多くあると思いますが、本作品は独自の世界観で歴史を紐解く良書になります!
新たな織田信長作品に出逢いたい方に是非お勧めさせていただきたいです!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
また、当作品の前作にあたる「光秀の定理」でも、”モンティ・ホール問題”という確率論の一種を交えて物語が描かれています。
史実に独自の解釈を織り交ぜる筆者の、世界観に浸れる良書ですので、よろしければ読んでいただければおもいます!
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